日本の空からの玄関 昔羽田,今成田 <No.4>


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別の説では,いや〜 実際に運航管理の概念が生まれたのは第二次大戦中の話だ. 当時は日本本土を爆撃した 米空軍の爆撃機が帰還 するのは全て中国大陸の基地であった.それで,爆撃終了後にそのまま針路を西にとる のだが,予期せぬ偏西風のために途中で燃料切れのため相当数の爆撃機が東シナ海に 落ちる羽目になった.その偏西風にのって帰還する事を考えるべきではなかったか という反省が,運航管理の原点だという説である.この件に限らず,民間航空 の発展には限りなく,いろいろな面で軍事の航空が寄与しているという側面がある のだが,それらはハードの面のみではなく,このような運航管理というソフトの面にも あったのかもしれない

よく在職中に 「お仕事は?」と聞かれて 航空機運航管理者というと「ああそうですか」 と納得されるが 分かったのかと問い返してみると 多くの場合 航空管制の管制官と 間違われていることがしばしばであった. 管理と管制という言葉の区別が航空業務に 従事していない人達には同じ様なものと聞こえるのがその理由の一つではあったかも しれないが,同時に管制官が社会的に認知を得ているのに,運航管理者はそうではない ということの一つの証左であったのかもしれない.

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